城立寺とは
江戸川区春江町に佇む、日蓮宗 本高山 城立寺。
古くから「椿寺」の名で親しまれてまいりました。
椿寺
城立寺は、通称「椿寺」と呼ばれ親しまれております。境内の椿とともに、四季折々の表情でみなさまをお迎えいたします。
- 宗 派
- 日蓮宗
- 山 号
- 本高山(ほんこうざん)
- 寺 号
- 城立寺(じょうりゅうじ)
- 通 称
- 椿寺
- 住 職
- 吉田英修(当山第34世住職)
- 副 住 職
- 吉田協英
- 総本山
- 身延山久遠寺
- 大本山
- 京都妙顕寺
- 本 山
- 平賀本土寺
境内のご案内
区の文化財に登録されている石造仏や史跡をはじめ、本堂・鬼子母神堂など、境内には見どころが点在しております。お参りの折に、どうぞごゆっくりご覧ください。

石造釈迦如来坐像
寛文3年(1663)大工三左衛門の作で、台座を含め3メートル余りある区内で最も大きな一石丸彫りの石造仏です。台座の銘文によると、田島家の八郎兵衛尉重信が祖先の菩提と一切衆生の利益のために造立、寄進したとあります。表情ゆたかな仏像で、図書の墓の前に位置しております。

慈母観世音菩薩像
中参道に安置されております観音様は、昭和62年に、芦田昭八氏によって建立されました。男性にも女性にも見えるこの観音さまは、水子供養、子孫長久をはじめ、法界万霊の苦悩を払うため、皆様に信仰されております。

田島図書(ずしょ)の墓
田島図書は、一之江新田の開拓者で名主屋敷の田島家の先祖です。田島家の口伝によると、図書は、もと豊臣家の家臣で、堀田図書盛重と名乗っていましたが、関ヶ原合戦後に逃れて、西一之江村大杉の田島庄兵衛方に寄寓、田島英丈と名をかえて開拓を進め、この地の草分けとなりました。

一塔四大菩薩像
中参道本堂近くに、南無妙法蓮華経の宝塔と、四人の菩薩様が並びます。令和3年に、日蓮聖人降誕800年慶讃事業として、芦田昭八氏から寄贈されました。宝塔の側面には、「願わくは此の功徳をもって、普く一切に及ぼし、我等と衆生と皆共に仏道を成ぜん。」という、法華経の文言が刻まれています。
我々衆生を救ってくださる菩薩様たちは、どこか別の世界からやってくるのではなく、この地球上から生まれてくることを表しています。この4人の菩薩像は、日蓮宗でも数少ない形式となっております。

本堂
昭和35年に建て直され、平成23年に修繕されました。当山檀信徒の皆様のお陰で、きれいな本堂を維持できております。この本堂では、法要のほか、講談や里神楽なども行われています。
本堂中央の金鞠(かなまり)は、昭和62年に寄進され、日蓮宗の全寺院の中でも、1、2を争う大きさです。

鬼子母神堂(尊神堂)
昭和25年に建立された鬼子母神堂には、伝教大師最澄作の鬼子母神像が祀られています。毎月8日に八日講として法要を行っていて、檀信徒の身体健全などの御祈願を行っています。
城立寺歴代
住職・副住職のご紹介
日々の法務は住職と副住職の二人でつとめております。法要やご葬儀の導師をつとめる住職、ホームページや公式LINEでのご相談・お問い合わせを担当する副住職。どうぞ、お気軽にお声がけください。
吉田 英修よしだ えいしゅう / 城立寺 第34世住職
城立寺の代表として、ご葬儀・ご法要の導師をつとめております。お電話や法要の場で、皆さまとお会いします。
仏事に関するご不安や段取りのことなど、どんな小さなことでも構いません。まずは、ご相談ください。
